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2005年02月24日

ふう

ふう。さいとうくんです。こんばんは。
最近いまいち集中力がないんですよね。
うーん、もっと集中して何かをしないと!
今日も実験は早く終わったのですが、家に帰ってからだらだら。。。(; ̄Д ̄)
時間ある時に有効に使わないといかないのですが、だらだらしてしまいます。
うーん、最近はいまいち創作意欲も湧かないので、したいことはあるのですが行動に移ろうとしませんね。

さて実は、海外旅行に行きたいと思っていたのですが、今からパスポートを取って行くこともギリギリ可能だと思うのですが、多分行きませんね。
最近、実験もやる事ないし、だらだらと学校へ行き、家に帰ってきてもだらだらとしている気がします。何か刺激が必要なようですが、何かないですかね?

さて、「ちかっぱの日記」を読んで、思い出したことがあったので書こうと思います。

僕は基本的に楽天的でプラス思考だと思うんですよね。もちろん悩むことはあるけど、結論を出すのにそんなに時間がかからない方だと思う。どんな道を進もうと何とかなると思ってるし、何かを犠牲にするとは思わない。まあ遠回りはしたと思うことはあるけど、遠回りしたことで得たものもたくさんあるしね。

大学生活で一番悩んだことは、「進学するか」、「就職するか」だったな。
俺の夢は、「物理の研究」をすることで「物理の研究」をするなら進学が一番だと思う。大学に入ったときは、もちろん進学するつもりだった。でも、就職することに決めたのは、三回生の時。
一、二回生では、ほとんど勉強してなくて三回生で勉強を頑張ってみて頑張れたら進学、頑張れなかったら就職って思ったな。それなりに頑張ったつもりだったけど、全然頑張りが足りなかったから就職に決めた。就職先もやりたいことではあるけど、一番は「物理の研究」だから本当にこれでいいのかなって思うけど、就職を決めたのも一つの決心がある。
進学したところで、物理の研究に残れる人は一握り、かなり努力をした人たちだけ。俺が何となく大学に残っても意味がないんだよね。就職しても物理の勉強は出来るから、就職しても物理の勉強をして最後は物理の研究をする場に戻ってきたいと思ってる。
どちみち、ものすごい努力をしないといけないから、進学しようが、就職しようが、自分が夢に向かってどれだけ頑張れるかだと思う。就職することは物理の世界から離れることだから、物理の勉強をするのは難しくなる。自分が夢に対してどれだけの思いを持っているかを試したいんだよね。

最近よく思うことがあります。「努力をしないと結果がでないが、努力したからといって結果が出るわけではない」、よく言われることですが本当に痛感します。
どんなに努力しても、勝てないことがあります。努力が結果に必ずしも結びつくわけではないのです。しかし、それは努力の仕方が悪いと思います。きっと上を目指していないのでしょう。自分の出来ることをやっていても成長はなく、努力しても成長しないのです。現状を見つめ、上を目指す努力をしなくてはいけないのです。
同時に、もう一つ思うことがあります。「結果を出してる人は、ものすごい努力をしている」、「天才は隠れて努力している」てなことも言われます。本当にそうです。結果を出したり、天才と呼ばれる人は努力をしているのです。楽に結果を出そうと考えて努力しないとダメなのです。しかも夢を実現しようと思うと、死ぬほどの努力をしなくてはいけないのでしょう。

前者は「考えることの必要性」を、後者は「努力することの必要性」を示していると思います。両方必要で、頭も体も死ぬほど使わないといけないのでしょう。
「努力すること」=「体を使うこと」みたいに言ってるるけど、本当は頭も体も使って何かすることを努力するって言うんだけどね。
人が悩むのは理想と現実のギャップに悩むんだけど、実は死ぬほど努力してないから悩むんだと思う。死ぬほど努力したら、理想を現実に近づけることが出来るはず。
悩んでるのは、結局は自分のせいで、努力が足りないせいと思う、だから俺は悩んでもすぐに結論がでる。でも怖いのは自分が努力できるかどうか。努力しなければ今までと一緒。かと言って悩んでても何も変わらない。
そこで大切なのが「アメとムチ」、息抜きをしつつ、自分を奮起させて頑張ることだね。これが難しいんだけどね。

俺の考え方が基本的にこうだから、悩んでる人を不思議に思う。俺も悩むけど、他の人は悩みすぎちゃうと思う。結局は自分の問題で頑張るしかないんだから、一晩悩んで寝て気分をすっきりさせて明日から頑張ればいいじゃんと思う。
うーん、この辺の俺の考え方は人のことがよくわかってないのかな、と反省するけど。。。
こういった考え方ってどうしてみんな出来ないんだろうと思ってたけど、そのことを知るエピソードもあったな。

まだサークルでダンスをやってた頃、ある時のパートナーとの会話。
俺:「劣ってても、最後には追いつけると思ってるし」
P:「(驚いたように)え、そんな風に考えるんや」
何となく流れで出た会話でしたが、俺はパートナーの反応にびっくり。パートナーも同じような発言をしてたこともよくあったのに、驚いた様子に俺が驚き。
何に対しても俺が常に思うのは、同じ人間なんだから同じ実力にまではいけるはずと思う。いけないのは努力の差。センスとも言うけど、センスも努力の賜物と思う。子供の頃の生活環境とかもあるとは思うけどね。
つまりは努力すれば何でも、何とかなると思ってる。でも、パートナーがそう思ってなかった(ような反応だった)ように、普通の人はそうじゃないのかなと思った。努力しても絶対に追いつけないと思ってたら、理想の実現どころじゃないからね。悩み続けても仕方がないと思った。
でも同じ人間ですよ。追いつけないことはないでしょう。

努力、努力と言っているが、本当にすごい人はすごい努力をしていると思います。ダンスにしても、勉強にしても、ネットで成功している人にしても。付け焼刃の努力では太刀打ちできず、時間をかけ内容もある努力をしなくてはいけないのです。言うならば「質・量」共に必要ってことですな。

以上のように思うからこそ、自分はダメだなと思いますね。もっと努力しなくてはと思います。ふむ、長々と書きました。いやー、文章を書きながら人生を本気で考えれる時間も少ないなと思いました。
やっぱり人間、2,30代がピークですからね。そろそろ本気にならんといかんのう。

投稿者 takus : 2005年02月24日 01:22

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